魔女の紅茶

 誰でも良い。魔女を正妻としたいのならばその座は空け、妾として何人かと(つが)っておけと言われ、圧をかけられ続けた。けれどもそれに抗い、誰にも口出しされない地位を手に入れ、約束の百年を待つ覚悟でいた。種族が何だろうと関係ない。例え、生きる屍(リビングデッド)だろうと、さ迷う霊(ゴースト)だろうと。愛してしまったこの気持ちを、ただ一人だけを求め焦がれるこの恋情を、消し去るつもりは毛頭ない。

 そう、あの日からこれまでの三十年を語る竜人の声は、少しだけ掠れていたように思う。
 誰かを本気で愛した事がない僕が、彼の気持ちに寄り添うなんてどう足掻いても無理で。けれど、それでも、胸の辺りが苦しく感じるくらいには、彼の悲痛な叫びが鼓膜に張り付いて離れない。

「どんな手を使ってでも、お前を手に入れる」

 それは、強い意志だった。ただ声を聞いただけなのに、これは話し合いでどうにかなるものではないと、それこそ血で血を洗わねばならないのだろうなと直感する。竜人族の王と、人間のゼイン様。肩書きを取り除いても、種族を並べただけで結果など火を見るよりも明らかだ。
 ちらりとゼイン様を盗み見る。ゼイン様も本気で魔女様を慕われているのはこの十日間で嫌というほど理解したけれど、それでも、魔女様を除いた全ての生物の頂点と言っても過言ではない竜人族に、人生を脅かされるであろう事を仄めかされればたまったものではないだろう。僕なら逃げる。多分。うん。
 
「……つまりそれは俺を殺す、っつう事か」
「お前が死なないのは知っている。だが、それ以外(・・・・)はただの人間だ」
「あ?」
「四肢をもぎ、箱に詰め、地中深くに埋めてしまえば、実質死んだようなものだろう」

 前言撤回。
 逃げる、絶対。
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