魔女の紅茶

 ごくり。ごくり。
 嚥下する度に動く喉仏が酷く扇情的に見えて、彼の名を思わず叫んだ口は空いたまま塞がらない。

「……俺ァ珈琲しか飲まねぇっつってンだろうがよォ」

 一滴も残さず飲み干して、魔獣の唸り声かと思うような音を吐き出しながら、それでも丁寧にそっと優しくソーサーへとティーカップを戻すゼイン様はべろりと赤い舌を出して「つうか苦手なンだよ紅茶はよォ」と死ぬほど苦い薬液でも飲んだかのような表情を浮かべている。
 嘘だろ。飲んだよこの人。うわぁ。なんて思いながら、好奇心から竜人へと視線を向ければ、どうやら彼も同じ事を思ったのか切れ長なその琥珀色を見開き、ゼイン様を凝視していた。
 まぁそうなるのも無理はない。いくら竜人でも【魔女の紅茶】はもちろんの事、ティーカップに触れる事さえ躊躇って当然だ。寧ろそれが普通で、そして正しい判断だろう。【魔女の紅茶】を口にした者へ行われる【審判(ジャッジ)】。悠久を生きる魔女様の歴史の中で、振る舞われたそれを口にして無事だった者は誰ひとりとしていないとされている。基準など誰も分からない、理不尽とも言えようそれを誰だって受けたくはないだろうから。

「……ミューロウ。きみは、飲まないのかしら?」
「っ」

 魔女様に問われ、竜人は顔をしかめた。飲めるものなら飲んでいると言わんばかりの顔だ。

「ねぇ、ミューロウ」
「……何だ」
「きみは、地位に興味などないと言っていたけれど、だからといってその責任を放棄したりはしないのでしょう?」
「……」
「今ならまだ引き返せるわ」
「……」
「あの日の、私の迂闊な言動がきみを振り回してしまった事……申し訳なく思っているわ。事実、こうして覆せない現実をきみに見せているのは、私なりの謝罪であり、誠意なの」
「……」
「だからね、ミューロウ」
「っ」
「今すぐ決めてちょうだい。飲むのか、飲まないのか」

 にこり。
 そんな効果音が視覚的に捉えてしまえそうなほど、弧を描く青白磁の瞳。それは、無表情がデフォルトな魔女様が見せた初めてと言っても過言ではない微笑みのはずなのに、ぞくりとしたものが全身を這いずり回る。

「……俺は……っ、」

 何かを言おうとして、けれども最後までは言わずに閉ざされた形の良い唇。腰をおろしていたソファーから立ち上がり、数秒、魔女様へ視線を向けたあと、静かに竜人族の王は扉の向こう側へと姿を消した。
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