魔女の紅茶
ご馳走さまのその後に、
ぱたり。
扉が閉ざされたその瞬間、右斜め後ろから「はああああ」と、重く、そして大きく、尚且つわざとらしいため息が吐き出される。振り向けば、気疲れという言葉がよく似合う表情を引っ提げた私の可愛い坊やが視線を落とし項垂れていた。
「クリス」
「は、はいっ!魔女様」
「ご苦労様。今日はもう休んでいいわ。食事はきみの部屋に用意しておくから」
早朝から数時間。昼を少し過ぎた今この時まで微塵も殺意を隠そうとしないあの竜人と対峙していたのだから、必要以上に気を張ってしまうのも無理はない。名を呼べば、しゃきりと姿勢を正す坊やはやはり愛らしい。労いの言葉を掛ければ、少し躊躇う素振りを見せるも「ではお言葉に甘えます」と綺麗なお辞儀をした。
「……で?」
「……」
「俺も自室に行きゃあいいンか」
ぱたり。
再び扉が閉ざされるや否や、左耳の鼓膜をどこか不機嫌そうな声が通り抜けていく。視線を向ければ、聞こえた声以上に不機嫌を醸し出す柘榴色が見える。
「きみと、」
「あ?」
「きみと、少し話をしたいと思ったの」
「……」
「けれど、そうよね。きみも疲れているだろうから、今日はもうゆっくり休んで?」
何を、そんなに。
そう思ったけれど、考えてみれば、それもそうかと思考はそこへ落ち着く。
坊やの疲弊に気付けたのは、焦燥、緊張、畏怖、といった幾多の負の感情がぐちゃぐちゃに混ざり合ったごちゃごちゃのそれがただ漏れだったからだ。そのせいで、と言えば、言い訳にしかならないのだろうけれど、柘榴色を揺らす彼の感情が埋もれてしまい感じ取る事が出来ず、疲弊の文字が頭から抜け落ちて、話がしたいという自身の欲望を優先させてしまっていた。
いけない、いけない。魔女というものになって久しいからか、時々、人間の脆さを忘れてしまう。
「ンだよ。話って」
「いいの。気にしないで。あし」
「言えよ」
明日、また。
「今、言えよ」
そう続けるつもりだった言葉を、熱量を微塵も感じられない声で遮った。