魔女の紅茶

 ぱちんと指が鳴らされた。

「きみが、今の王?」

 かと思えば、目の前には紙とペンを手にもってポカンと口をあけた中年男性が一人。はっとして後ろを振り返れば、副団長と中堅先輩団員二名と同期一名。皆が無事に連れて来られているのを確認したのち、視線を戻せば、やはり紙とペンを持ってポカンと口をあけた中年男性が一人。
 あああこのお方は!と思うと同時に床へ片膝をつけ(こうべ)を垂れる。ガシャ、ガシャガシャと甲冑のぶつかり合う音が背後でも響いた。

「あんな紙きれ一枚で私に願いを乞おうなどという愚かな王は餌にしてしまおうかと思ったの。私の可愛いクルル(ペット)のね。でもね、完璧な人間なんていないでしょう?だから一度は見逃すことにしたのよ。なのに、懲りずに使いの者をよこすなんて、ただただ呆れたわ」
「っま、魔女、様……どうか、ご無礼をお許しください。本来ならば私自ら貴女様の元を訪れるべきは承知致しておりました。しかし国を統べる者として、都をはな」
「言い訳を聞きにきたわけじゃないの」
「っ」

 ぴしゃり、断ち切るように吐き出された魔女様の声は酷く冷たい。

「私の可愛い坊やに感謝なさい。彼がいなければ後ろで跪いている四人の灰を彼らの家族にプレゼントするところだったわ」

 くしゃり、垂れている頭を上から撫でる魔女様の手はとても優しいのに「ああ勿論、国王(きみ)は餌よ」と淡々と吐き出される音の羅列にぞくりとしたものが背を這う。
 魔女様にとって、人間とは取るに足らない存在だ。【魔女】は己以外の存在には興味も愛情も示さない、悠久の時を一人きりで生きていく孤高の生き物なのだと授業でも習ったそれらを今、僕は体感している。
 指を鳴らされる前の、副団長達と移動方法について討論していた時とはまるで違う、魔女様から放たれる殺気に身体はぎしりと固まって視線をあげる事すらままならない。

「私の加護を乞うのなら、膝をつき、誠意(あい)を述べなさい」
「っ、は、はい」
「それから心臓を捧げて貰うのだけれど、まぁもう心臓は貰ったからいいわ」

 くしゃりと再び撫でられた頭。細く長い指はするりとこめかみを滑り落ち、頬をなぞる。顎先でぴたりと止まったそれは僅かに力を加えて、僕の視線を持ち上げた。

「それにサインなさい」

 交わる視線。

国王(きみ)の、血で」

 それは一秒にも満たない時間で逸らされ、魔女様のものは国王様の元へと戻ってしまったけれど、その先で確かに丸みを帯びていた青白磁にどくりと心臓が跳ねた。
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