魔女の紅茶
ゆらり、揺れる天秤
目前に広がる森の見た目は、私の記憶が正しければあの時から何も変わっていない。
「魔女様、こちらです」
「見事に骨だらけね」
変わったのはおそらく、この森に対する人間達の認識と森に囚われた者だろう。
森へと足を踏み入れた人間が帰って来なくなる、そしてその頃から森の周りに骨が無造作に置かれ始めているという噂がたったのはおよそ一年ほど前だという。つまり単純計算であの時から七十二年。あのイカれた女はずっとそれを楽しんでいたというわけか。
「魔女様、これはやはり呪いの類いでしょうか。それとも、何か別の、」
「呪い、というよりも、呪いによる副産物のようなものね」
「……副産物、ですか」
「ええ」
「お詳しい、のですね」
「私があつらえた呪いだもの。当たり前でしょう」
「……え、」
「勘違いしないでね?これをかけたのは私じゃないわよ。昔、少しイカれた女がこれを買いに来たの」
あの時の女は、若く美しく、気品もあり何の苦労も知らないであろう見た目をしていた。望めば全てが手に入れられる、そんな部類の人間だった。
「恋人が居たそうよ」
「え、あ、その女性の話、でしょうか」
「ええ。彼女は、彼女の一族が所有する全ての土地の権利書を手の中で握り潰しながら私にこう言ったわ」
「……」
「誰にも邪魔されない侵害されない世界を、彼と私だけの世界をちょうだい、ってね」
「……」
「彼女に渡したわ。彼女の望む呪いを」
それでも七十二年という、人間にすれば酷く長く感じるのであろう歳月を呪いなんて茶番に費やせるくらいには、あれはイカれていたのだと改めて認識させられる。
「木々に囲まれた館の中で、男は女が命尽きるまで棺で眠り、女はそれを眺めながら生きる。そんな呪いを、ね」
けれど、そんな狂気を持てる人間が私は愛おしくて堪らない。