お見合い夫婦のかりそめ婚姻遊戯~敏腕弁護士は愛しい妻を離さない~
「あてられて、こっちの方がのぼせそうだな。聖司、そろそろ行こうか。拓海、俺ら外で昼飯食ってくるから」
「ああ、わかった。夏美ちゃん」
「えっ、はい」
ふいに名前を呼ばれ、慌てて顔を上げる。
「今日はとりえあえず失礼する。また連絡するよ」
「はい……」
聖司さんから連絡? 今さらなにを?
彼は私が最後のプロ試験に落ちたと知るや、連絡を絶ったのだ。きっと不出来な兄弟弟子の存在を恥だと思ったのに違いない。
「失礼します」
去り際、聖司さんは拓海の方を見て軽く会釈をした。拓海もどういうわけか厳しい表情で頭を下げる。なぜか張りつめた空気の中、私は湊人さんと聖司さんを息を詰めて見送った。
聖司さんの姿が見えなくなって、ようやくホッと息を吐く。
私にとって聖司さんは、永遠に敵わない、目の前にそびえる壁のような人だ。子どもの頃から祖父のもとで一緒に囲碁の修業に励んできたけれど、普通の友だちのように気安く話せる相手ではない。
それに、私が彼に勝てたことは一度もない。きっと私は、彼にとってライバルですらなかった。彼といると、対局したときの緊張感が一気によみがえって私はいまだに畏縮してしまう。