お見合い夫婦のかりそめ婚姻遊戯~敏腕弁護士は愛しい妻を離さない~
私はくるりと踵を返し、その場から走り出して駅を目指した。駅に着くと、そのままホームに滑り込んできた電車に飛び乗る。鞄の中のスマホが何度か震えたけれど、誰からの着信かも確認せずに、電源は落としてしまった。
あっという間に、拓海のマンションがある最寄りの駅に着く。駅ビルを出て、駅前の広場で立ち止まった。拓海はもう、帰っているだろうか。
帰りたくない。今は拓海と顔を合わせたくない。どうしようか、いっそのこと、ビジネスホテルにでも泊まる?
近くに空きはないか探してみようと、スマホを取り出した。電源を入れると、驚くほど着信が入っている。メッセージアプリにもいくつも通知が来ていた。すべて拓海からだ。
その数字を見て、白々しい気持ちになる。
ついさっきまで私の目を盗んで、忘れられないという女性と会っていたくせに、どんな気持ちでこんなに連絡してくるの……。
でも私に、拓海を責める権利なんてないんだ。だって私たちは、契約で結ばれた夫婦だから。どちらかが心の中で違う人を想っていても、お互いにそれを責める権利はない。
それまで感じていた怒りが、ふいに虚しさに変わった。契約結婚だなんて、私はなんて軽はずみなことをしてしまったのだろう。