わたしにしか見えない君に、恋をした。
リハビリ室を出て飲み物を買い、そのまま病院の外にあるベンチに向かう。

ここは静かだ。

二人掛けのベンチが一つだけ置かれた穴場のスポット。

ぼんやりと空を見上げると頬をやわらかい風が叩いた。

そっと目をつぶる。

意識を失っていた間、夢を見ていた気がする。

誰かとしゃべったような気もするし、誰かと一緒にいたような気もする。

『忘れたくない』

夢を見ている間、何かをそう強く願った気もする。

大切な人もいたはずだ。

その人を俺は抱きしめた。離れたくない、そう強く願いながら小さな体を抱きしめた。

でも、目が覚めるとその夢は俺の記憶からすっぽりと抜け落ち、忘れてしまった。

何か大切なものを。忘れてはいけない大切なものを。

それが何か分からない。
< 164 / 195 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop