わたしにしか見えない君に、恋をした。
もういやだ。

いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。

叫び出してしまいたいのをぐっと堪えて走り続ける。

家の門扉の前までやってくると、自然と涙が溢れた。その涙を拭うことなく玄関の扉を開け、階段を駆け上がる。

「流奈、おかえりなさい」

一階からお母さんの声が聞こえる。

ごめん、お母さん。今、答える余裕がない。

あたしは心の中で謝ってそのまま自分の部屋に飛び込んで扉を閉めるなりズルズルとその場に座り込んで声を上げて泣いた。

「うぅ……っ。なんで……なんでよ……」

涙はとめどなく溢れる。

サエコもナナもひどい。

どうしてすぐ悪口を言うんだろう。

ていうか、ナナなんていっつもサエコの悪口言ってるじゃん。

それなのに、どうしてサエコにあたしの悪口言ってんの?

どうして……――。

悔しい。ムカつく。悲しい。辛い。

いろんな感情が体中を支配する。

「おい、大丈夫かよ」

泣きじゃくるあたしの肩を誰かがポンッと叩く。

あたしはパッと顔を持ち上げて思いっきり顔を歪めた。

「――っていうか、アンタなんで人の部屋に勝手に入ってきたのよ!?」

涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔で彼を見上げて叫ぶ。

「なんとなく。お前しか俺のこと見えないみたいだから」

彼はしれっと答え悪びれる様子もない。

初対面の、しかも女の子の部屋に勝手に上がってくるなんて信じられない。

警察に通報すべきかもしれない。

そもそも、どうして一階にいるお母さんは気付かなかったんだろう。

あたしが男の子を家に連れてきたと知ったら、大騒ぎするはず。

でも、もうこの際そんなことどうだっていい。

「出て行ってよ!!」

急いで立ち上がって彼の背中を押そうとしたとき、ふいに部屋の中の鏡に目がいった。
姿見にはあたしが映っている。でも、あたしの前にいるはずの彼の姿が映っていない。
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