わたしにしか見えない君に、恋をした。
「傘、たたんでみ?」

「……?なんで?濡れちゃうじゃん。いやだよ」

「いいから」

傘をたたむと何か面白いことが起こるわけ?

「早くしろって」

しつこい湊。渋々言う通りに傘をたたむと、体中に大粒の雨が降り注いだ。

「つめたっ。っていうか、これの何が楽しいのよ!!意味わかんない!」

傘をたたんだって楽しいことなんてなにも起こらない。

ただ全身に雨を浴びてしまうだけ。

分かってたのに湊に従ってしまった自分が恨めしい。

すると、急に背後に回った湊がニッと笑ってあたしの背中を両手で押した。

「ちょっ、わっ!!」

よろけた先にあったのは、大きな水たまりだった。

ヤバいと思った時には、あたしの革靴は水たまりの中。

靴の大半が水たまりに沈み、すぐに足の裏にべちゃべちゃとした不快な感覚が広がった。

「な、な、何してくれてんのよ!?」

隣にいる湊に叫ぶ。

「そんな怒るなって」

でも、湊は反省するそぶりなんて全く見せずにあたしの姿を見てケラケラと笑っている。

な、なんなのこの男は……!!一体何がしたいわけ!?

怒りで体中が熱くなり、ふるふると体が震える。

とその時、あたしの横を一台の乗用車がすごいスピードで通り過ぎて行った。

それと同時にタイヤが巻き上げた水たまりの汚れた水が下半身に跳ね上がる。
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