わたしにしか見えない君に、恋をした。
「嘘……そんなことってあるの?」

「ある……らしいな。わかんないけど」

雨が湊の前髪を濡らす。

他の人には湊の姿は見えない。

だけど、あたしの目にはリアルにその姿が映った。

あたしと同じようにこの場所に立ち、言葉を交わしている湊。

確かにあたしの目の前にいるのに、誰にも見えない彼。

でも手を離すと、予想通り湊に雨が降り注ぐことはなかった。

「なんなんだろうな、これ。マジ意味わかんねぇよ」

ポツリと漏らした湊の眉間にわずかにしわがよる。

その姿に胸が締め付けられた。

湊……きっと辛いよね。

自分が生きているのかも死んでいるのかも、自分がどこの誰かもどこに住んでいるのかも湊はわからないと言っていた。

分かっているのは自分の名前だけ。

もしも、自分が湊と同じ立場だったらあたしはどうしただろう。

悲観して何も手につかず、動揺しておかしくなっているかもしれない。

でも、湊は違う。

見ず知らずのあたしのそばにいてくれる。

ぶっきらぼうな言い方をしたりもするけど、湊はあたしが正しい道を歩けるようにそっと手を貸してくれた。

あたしは湊とという存在に確かに支えられている。

湊、ありがとう。本当にありがとう。

あたしは湊の左手に手を伸ばして、湊の手をギュッと握った。

「流奈?」

「あたしだけがびしょ濡れじゃなんか悔しいもん。湊も同じ気持ちを味わってよ」

「ハァ~?マジかよー」

嫌そうな湊の手を掴んで歩く。

湊の手のひらは温かい。まるで、生きているみたいに。

「なんか冷たいシャワー浴びてるみたい」

顔を空に向けると、降り注ぐ雨が顔を濡らす。

傘も差さずに頭のてっぺんから爪の先までぐっしょりになりながら空を見上げて歩くあたしは周りから見たらきっとおかしい子に見えるだろう。

でも、誰にどう思われたってよかった。

雨があたしの心の真っ黒な部分を全部洗い流してくれるような気がした。

辛いことも悲しいことも、全部全部雨で流し去ってくれればいい。
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