その瞳に涙 ― 冷たい上司の甘い恋人 ―
その日の夜、広沢くんが仕事帰りに私の家にやってきた。
帰宅直前にスマホに連絡を入れてきた彼の態度はいつもと変わらない。
もしかしたら異動の話をされるかも、と身構えていたのに、うちに来た直後も、私が作ったご飯を食べているときも、広沢くんは取り止めのない話をするばかりで、異動の話には触れてこない。
おそらく広沢くんは、私が企画部長から彼の本社移動について既に話を聞いたことを知っているはずだ。
だって、企画部長から本社異動の仮内示を受けたあとに、広沢くんが自らが私のことを呼びに来たのだから。
広沢くんが本社に異動になったら、もちろん彼の今の家からは通えない。
引越しを伴う転勤になるし、こんなふうにいつでも気軽に家同士を行き来はできなくなる。
このまま今の『恋人』の関係を続けるなら、私たちは遠距離恋愛だ。
なにも知らないまま、いきなりその事実を突きつけられたら、普通はショックで戸惑ったり、取り乱したりしてしまうのだろうけど。