その瞳に涙 ― 冷たい上司の甘い恋人 ―
「彼女なんかじゃないわよ」
秦野さんが恨めしげに小声でつぶやく。
だけどその声は、次の飲み物を注文するためにドリンクメニューを見始めた秋元くんには届いていないようだった。
偶然にも秦野さんのつぶやく声が聞こえてしまった私は、無言のまま複雑な気持ちになる。
新城さんが広沢くんへの恋心と、秦野さんに対する敵対心を燃やすことになった一因が、私にもあるような気がするからだ。
ちょうど2週間ほど前。
私が頼んだとおり、広沢くんは秦野さんを飲みに誘ってくれた。
そうして、新城さんの教育担当としての悩みを聞いたり、それを解決するためのアドバイスをいろいろとしてくれたらしい。
秦野さんとの飲み会をきっちり22時には切り上げた広沢くんは、彼女と別れたあと律儀に私に電話をかけてきた。
「たぶん、明日からは大丈夫です」
広沢くんからそんな報告を受けた翌日。
秦野さんは彼が言っていたとおり、1日前とは別人みたいに元気になっていた。