その瞳に涙 ― 冷たい上司の甘い恋人 ―
「じゃあ、悪いけどお願い」
菅野さんは桐谷くんに軽く手を合わせると、呼びにきた同僚と一緒に行ってしまった。
「俺、床拭きますね」
菅野さんが行ってしまうと、桐谷くんがフキンを私の手に戻し、雑巾をとって床に膝をつく。
「朝から余計な仕事増やしてごめんね」
手際良く床拭きをする桐谷くんの後頭部に向かって声を落とすと、「気にしないでください」という彼の明るい声がした。
「それよりも、手の火傷、ひどくないといいですけど。もっと冷やさなくて大丈夫ですか?」
「見た感じ、大丈夫だと思う」
作業台を拭きながらコーヒーを浴びた左手を確かめていると、ふと視線を感じた。
振り向くと、桐谷くんが床に膝をついたまま私を見上げていた。
「何?」
「いえ。碓氷さんがコーヒー溢したのって、広沢さんのせいなのかなって」
「どういう意味?」
「碓氷さん、もしかして新歓の飲み会のあとから広まっている広沢さんと新城の話、知らなかったんじゃないですか?」
桐谷くんに質問に、私は肯定も否定もできなかった。