ふしぎ京都クロスライン―壬生の迷子と金平糖―
 そうやってわたしは巡野と契約を結んだのだ。巡野は、生意気な態度を取りはするが、わたしの従者だ。

 御蔭寮に帰る道すがら、巡野はわたしに、それまでのことを話した。わたしと同じ文学部だったこと。戦時中に自殺したこと。気付いたら幽霊になって陳列館にいたこと。陳列館の廊下を歩き続けていたこと。

 陳列館というのは、当時の文学部史学科附属の博物館のことだ。今も半分は残っている。もともとロの字型で、ぐるりと巡れる構造だった。新しい博物館が建つこととなり、敷地の関係で、陳列館は半分が取り壊されてL字型になった。

 巡野は指先でぐるぐると四角形を描きながら、遠くを見てつぶやいた。
「延々と歩き続けられるあの洋館が自分の居場所だと信じていたのですよ。ところが、それがなくなってしまった。ぼくはそれを理解できず、未練がこじれて、呪詛を吐く地縛霊になっていたようです。自分でもどうすればいいかわかりませんでした」

 繊細で寂しげな美男子に見えた。家族も友人も、きっと皆、他界している。孤独な彼を一人にしてはおけないと思った。世話をするのはわたしの仕事だ、と。

 実際のところ、巡野はタフだった。図太かった。寂しげな顔なんて、あれ以来、一度もお目に掛かっていない。いつでも自信ありげな笑みを浮かべている。
 巡野の和装を見たのもあれっきりだ。御蔭寮に引き取ってからは、襟付きシャツにスラックスという洋装ばかり。

 図太いのは性格だけでなく、体質もだ。巡野はわたしよりずっと肌が強く、胃腸も強く、人工エレキに中毒を起こした試しがない。

 それどころか、巡野はエレキ製品も平然と使いこなす。わたしはやけどしたり、めまいを起こしたりと、めちゃくちゃ苦手なのに。
 まあ、ちょっと昔から、幽霊はエレキ製品と相性がいいということは言われていたけれど。テレビの画面や呪いのビデオから登場する幽霊だってざらだ。

 そういうわけだから、巡野はわたしのチームにおける機械担当だ。わたしの名義で契約したスマホは、いつも巡野が持っている。

 疎水沿いの道を行きながら、わたしの腕を引っ張りながら、巡野はスマホを取り出した。カメラを頭上に向けて、パシャッ。

「何を撮ったの?」
「さなには見えませんでした?」

 巡野はわたしにスマホのディスプレイを向けた。
 紅葉した桜の向こうに、淡い色の青空が広がっている。そこに一筋走るのは、飛行機雲のふりをした、白いふわふわの龍だった。
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