ふしぎ京都クロスライン―壬生の迷子と金平糖―
***
そんなわけで、沖田総司を拾ってしまった。
壬生《みぶ》でバイトをした帰りだった。バイトというのは、いわゆる除霊だ。さして珍しいタイプの案件でもなかったから、特筆する必要もない。
光縁寺《こうえんじ》という浄土宗の寺が、壬生にある。
新撰組が壬生に屯所を構えていたころ、当時の住職が新撰組の一部メンバーと親しくしていた。その縁で、光縁寺の本堂の裏手には新撰組の隊士たちの墓が設けられている。
せっかく近所に行ったのだから、墓参りをするのは自然な成り行きだった。わたしは歴史あるものが好きだ。過去に生きた人々に思いをはせるのも好きだ。
付喪神《つくもがみ》の切石灯太郎《きりいし・とうたろう》と幽霊の巡野学志《めぐりの・がくし》を引き連れて、わたしは、新撰組総長たる山南敬助《さんなん・けいすけ》の墓前に手を合わせた。
そして気付いたときには、同じく墓参りに来たという沖田総司《おきた・そうじ》を、およそ百五十年向こう側から呼び寄せてしまっていた。
どうしてこうなった?
左京区は元田中にある寮に連れ帰っても、沖田は目を覚まさなかった。いや、一応起きてはいたのかもしれないが、発熱して気だるかったようで、呼んでも返事をしなかった。
沖田は案外ありふれた姿をしている。二十代前半の痩せた男だ。長髪で和装なんてキャンパス内でも見掛けるし、もっと凄まじい格好の人もざらにいる。
伝承に違わず、沖田は病人だった。肺結核を患っている。病巣の広がりの割に症状が表に出ないのは、内蔵する栄励気《えれき》が人並み外れて充実しているせいだろう。
二日、三日と顔を合わせて過ごすうちに、わたしはひそかな落胆を抱くようになった。
「思ってたのと違う」
つい本人の前でこぼすと、沖田は、くいっと眉を掲げた。
「期待していたのかい? 非の打ち所がない色男だとでも?」
「そこまでじゃないけど」
「あいにくだね。これがおれさ。そこ、どいてくれる?」
「どこ行くの?」
「部屋で寝る」
「今から食事の時間だってば」
「いらないよ。そこ、どいて」
「こら待て。新撰組にも規律くらいあったでしょうが」
「どうだったっけ? そんな面倒くさいものを全部覚えているのは、土方《ひじかた》さんくらいじゃないかな」
「面倒くさいって言うほど込み入ったものじゃないと思うんだけど? 士道に背くことと脱走と勝手な金策と勝手な訴訟を禁じてて、違反したら切腹でしょ」
「へえ、覚えてるんだ。大したもんだね」
「どーも。おいちょっとこら待てってば! この寮にも規律があるの! 食事の時間がおおよそ決まっています、その時間には食堂に顔を出してくださいって、そういう簡単な決まり事くらい守ってよ!」
沖田は涼しい顔で笑うばかりだ。
「腹が減らないんだから、食わなくてもいいだろう」
「減らせ。食べろ。甘いものをつまんでるだけでしょ。体が持つはずがない」
「食いたいものがない」
「好き嫌いするな」
「するよ。あんたたちはどうして獣の肉なんか平気で食えるんだか」
「郷に入っては郷に従え」
「嫌だよ」
指示が通らない。お願いも聞いてもらえない。怒っても暖簾に腕押しだ。のらりくらりと、沖田は自分のやりたいようにしかやらない。
腹が立つ。でも、わたしは強く出られない。沖田をこの時代へ呼び付けてしまったのは、わたしの体質が原因だ。切石、巡野に次いで、これで三度目。
うっかり契約を結んだことを、沖田は盛大に呆れた。
「おれはあんたの名前なんか呼んじゃいなかったんだ。熱があって、ぼーっとしていて、そこに山南さんがいるように感じた。それで、呼んだんだよ。サンナンさんって」
それをわたしは、さな、という自分の名前が呼ばれたのだと勘違いして返事をした。そして契約を成立させてしまったというわけだ。
どうしてこんな扱いにくいやつを、わたしは引き寄せてしまったのだろう? 切石も巡野も、何だかんだ言いつつ、わたしの意思には従ってくれるのに。
そんなわけで、沖田総司を拾ってしまった。
壬生《みぶ》でバイトをした帰りだった。バイトというのは、いわゆる除霊だ。さして珍しいタイプの案件でもなかったから、特筆する必要もない。
光縁寺《こうえんじ》という浄土宗の寺が、壬生にある。
新撰組が壬生に屯所を構えていたころ、当時の住職が新撰組の一部メンバーと親しくしていた。その縁で、光縁寺の本堂の裏手には新撰組の隊士たちの墓が設けられている。
せっかく近所に行ったのだから、墓参りをするのは自然な成り行きだった。わたしは歴史あるものが好きだ。過去に生きた人々に思いをはせるのも好きだ。
付喪神《つくもがみ》の切石灯太郎《きりいし・とうたろう》と幽霊の巡野学志《めぐりの・がくし》を引き連れて、わたしは、新撰組総長たる山南敬助《さんなん・けいすけ》の墓前に手を合わせた。
そして気付いたときには、同じく墓参りに来たという沖田総司《おきた・そうじ》を、およそ百五十年向こう側から呼び寄せてしまっていた。
どうしてこうなった?
左京区は元田中にある寮に連れ帰っても、沖田は目を覚まさなかった。いや、一応起きてはいたのかもしれないが、発熱して気だるかったようで、呼んでも返事をしなかった。
沖田は案外ありふれた姿をしている。二十代前半の痩せた男だ。長髪で和装なんてキャンパス内でも見掛けるし、もっと凄まじい格好の人もざらにいる。
伝承に違わず、沖田は病人だった。肺結核を患っている。病巣の広がりの割に症状が表に出ないのは、内蔵する栄励気《えれき》が人並み外れて充実しているせいだろう。
二日、三日と顔を合わせて過ごすうちに、わたしはひそかな落胆を抱くようになった。
「思ってたのと違う」
つい本人の前でこぼすと、沖田は、くいっと眉を掲げた。
「期待していたのかい? 非の打ち所がない色男だとでも?」
「そこまでじゃないけど」
「あいにくだね。これがおれさ。そこ、どいてくれる?」
「どこ行くの?」
「部屋で寝る」
「今から食事の時間だってば」
「いらないよ。そこ、どいて」
「こら待て。新撰組にも規律くらいあったでしょうが」
「どうだったっけ? そんな面倒くさいものを全部覚えているのは、土方《ひじかた》さんくらいじゃないかな」
「面倒くさいって言うほど込み入ったものじゃないと思うんだけど? 士道に背くことと脱走と勝手な金策と勝手な訴訟を禁じてて、違反したら切腹でしょ」
「へえ、覚えてるんだ。大したもんだね」
「どーも。おいちょっとこら待てってば! この寮にも規律があるの! 食事の時間がおおよそ決まっています、その時間には食堂に顔を出してくださいって、そういう簡単な決まり事くらい守ってよ!」
沖田は涼しい顔で笑うばかりだ。
「腹が減らないんだから、食わなくてもいいだろう」
「減らせ。食べろ。甘いものをつまんでるだけでしょ。体が持つはずがない」
「食いたいものがない」
「好き嫌いするな」
「するよ。あんたたちはどうして獣の肉なんか平気で食えるんだか」
「郷に入っては郷に従え」
「嫌だよ」
指示が通らない。お願いも聞いてもらえない。怒っても暖簾に腕押しだ。のらりくらりと、沖田は自分のやりたいようにしかやらない。
腹が立つ。でも、わたしは強く出られない。沖田をこの時代へ呼び付けてしまったのは、わたしの体質が原因だ。切石、巡野に次いで、これで三度目。
うっかり契約を結んだことを、沖田は盛大に呆れた。
「おれはあんたの名前なんか呼んじゃいなかったんだ。熱があって、ぼーっとしていて、そこに山南さんがいるように感じた。それで、呼んだんだよ。サンナンさんって」
それをわたしは、さな、という自分の名前が呼ばれたのだと勘違いして返事をした。そして契約を成立させてしまったというわけだ。
どうしてこんな扱いにくいやつを、わたしは引き寄せてしまったのだろう? 切石も巡野も、何だかんだ言いつつ、わたしの意思には従ってくれるのに。