ふしぎ京都クロスライン―壬生の迷子と金平糖―
マスターがお冷やを持ってきてくれた。
「何にしはりますか? モーニング以外もできますよ」
「それなら、わたしはハンバーグがいいです。沖田はどうする? 肉は苦手だよね」
沖田は眉間にしわを寄せた。
「浜北さんは肉の料理を食うの?」
「肉を挟んだ……えっと、きみ、パンを食べたことってあるっけ?」
「パサパサした饅頭の皮みたいなやつ」
「たぶん合ってる。肉を細かく叩いて、丸めて焼いて、たれを掛けて味付けするの。それをパンで挟んだ料理がこの店の名物。ハンバーグって呼んでる」
一般的には、ハンバーガーだ。丸いバンズにハンバーグを挟んだサンドウィッチ。学子堂では、ずっと昔からハンバーグというメニュー名になっているらしい。
ちょっと考える顔をした沖田だが、やがて、へらっと笑った。
「何でもいいや。今、けっこう腹が減ってるから、何でも食うよ」
マスターは微笑んだ。
「承りました」
カラン、とドアベルが鳴った。学生らしきメガネの男が入ってきて、表扉にいちばん近い席に着いた。いらっしゃい、とマスターがそちらへ向かう。
喉がすぼまったように感じた。わたしは息苦しくて、背中を丸めた。
「どうしたの? 今来たやつ、会ったらまずい知り合い?」
沖田は、特に声をひそめるでもない。メガネの男にこちらを見られた気がする。
「知らない人だよ」
「じゃあ、何で急に顔色を変えたの?」
「あの人はまともな学生だから。あの人は、わたしと違って、ちゃんと大学に通ってる人だ。だから、このあたりを歩くときも平然としてる。わたしと違って」
沖田の声は、うつむいたわたしの頭のてっぺんを小突いた。
「あんたが何を言いたいのか、ちっとも意味がわからない。たびたびそんなふうだよね。あんたは何かを腹に抱えてるみただけど、それは何? 聞いてあげるから、おれに伝わるように話してよ」
「別に聞いてもらわなくてもいい」
「話しなってば。名に懸けて命じるよ?」
「それは卑怯でしょ」
衣ずれの音がして、わたしの視界に沖田の手が入ってきた。あごをつかまれ、無理やり顔を持ち上げられる。
「おれは切石さんと違って優しくないし、巡野さんと違って察しもよくない。話すべきことがあるなら、はっきり話せ」
「話すべきことなんて、別にない」
「あるだろう。あんたの中でごちゃごちゃに絡み合ってる問題に出口を見付けないと、あんたはおれをこの時代から解き放つことができない。そんなふうに聞いたよ」
「聞いたって、誰から?」
「寮長の更紗さん。あの人の目には、おれがしがらみの糸でがんじ絡めになってるように見えるんだって」
「しがらみの糸……」
「断ち切っちゃダメらしいね。あんたがおれに絡めたぶんは、あんたがきちんと巻き取ってくれなきゃならない。そのためには、まず、あんた自身がもっと解きほぐされる必要がありそうだ」
わたしは沖田の手を無理やり押しのけた。つかまれていたところが痛い。
「生身の人間であるきみをこの時代に引き寄せてしまったのは、わたしひとりのせいじゃない。きみのほうにこそ、大きな原因があるはずだよ」
「おれに原因が?」
「なぜ、もとの時代から逃げ出したいと思ったの?」
沖田は落ち着いていた。いっそ冷たいくらいの静かな目をしていた。腰に差したままの刀に、沖田の手はさりげなく触れた。
「まずはあんたが話せ」
わたしの背筋が粟立った。
「そういうやり方する?」
「おれはするよ。あんたとは育ちが違うんでね」
沖田は頬にえくぼを刻んだ。さあ話せと、笑顔が脅迫している。
その途端、わたしは理解してしまった。自分がこうやって追い詰められることを望んでいたのだ、と。
追い詰められなければ、わたしは、本音の一つも吐くことができないのだ。
「何にしはりますか? モーニング以外もできますよ」
「それなら、わたしはハンバーグがいいです。沖田はどうする? 肉は苦手だよね」
沖田は眉間にしわを寄せた。
「浜北さんは肉の料理を食うの?」
「肉を挟んだ……えっと、きみ、パンを食べたことってあるっけ?」
「パサパサした饅頭の皮みたいなやつ」
「たぶん合ってる。肉を細かく叩いて、丸めて焼いて、たれを掛けて味付けするの。それをパンで挟んだ料理がこの店の名物。ハンバーグって呼んでる」
一般的には、ハンバーガーだ。丸いバンズにハンバーグを挟んだサンドウィッチ。学子堂では、ずっと昔からハンバーグというメニュー名になっているらしい。
ちょっと考える顔をした沖田だが、やがて、へらっと笑った。
「何でもいいや。今、けっこう腹が減ってるから、何でも食うよ」
マスターは微笑んだ。
「承りました」
カラン、とドアベルが鳴った。学生らしきメガネの男が入ってきて、表扉にいちばん近い席に着いた。いらっしゃい、とマスターがそちらへ向かう。
喉がすぼまったように感じた。わたしは息苦しくて、背中を丸めた。
「どうしたの? 今来たやつ、会ったらまずい知り合い?」
沖田は、特に声をひそめるでもない。メガネの男にこちらを見られた気がする。
「知らない人だよ」
「じゃあ、何で急に顔色を変えたの?」
「あの人はまともな学生だから。あの人は、わたしと違って、ちゃんと大学に通ってる人だ。だから、このあたりを歩くときも平然としてる。わたしと違って」
沖田の声は、うつむいたわたしの頭のてっぺんを小突いた。
「あんたが何を言いたいのか、ちっとも意味がわからない。たびたびそんなふうだよね。あんたは何かを腹に抱えてるみただけど、それは何? 聞いてあげるから、おれに伝わるように話してよ」
「別に聞いてもらわなくてもいい」
「話しなってば。名に懸けて命じるよ?」
「それは卑怯でしょ」
衣ずれの音がして、わたしの視界に沖田の手が入ってきた。あごをつかまれ、無理やり顔を持ち上げられる。
「おれは切石さんと違って優しくないし、巡野さんと違って察しもよくない。話すべきことがあるなら、はっきり話せ」
「話すべきことなんて、別にない」
「あるだろう。あんたの中でごちゃごちゃに絡み合ってる問題に出口を見付けないと、あんたはおれをこの時代から解き放つことができない。そんなふうに聞いたよ」
「聞いたって、誰から?」
「寮長の更紗さん。あの人の目には、おれがしがらみの糸でがんじ絡めになってるように見えるんだって」
「しがらみの糸……」
「断ち切っちゃダメらしいね。あんたがおれに絡めたぶんは、あんたがきちんと巻き取ってくれなきゃならない。そのためには、まず、あんた自身がもっと解きほぐされる必要がありそうだ」
わたしは沖田の手を無理やり押しのけた。つかまれていたところが痛い。
「生身の人間であるきみをこの時代に引き寄せてしまったのは、わたしひとりのせいじゃない。きみのほうにこそ、大きな原因があるはずだよ」
「おれに原因が?」
「なぜ、もとの時代から逃げ出したいと思ったの?」
沖田は落ち着いていた。いっそ冷たいくらいの静かな目をしていた。腰に差したままの刀に、沖田の手はさりげなく触れた。
「まずはあんたが話せ」
わたしの背筋が粟立った。
「そういうやり方する?」
「おれはするよ。あんたとは育ちが違うんでね」
沖田は頬にえくぼを刻んだ。さあ話せと、笑顔が脅迫している。
その途端、わたしは理解してしまった。自分がこうやって追い詰められることを望んでいたのだ、と。
追い詰められなければ、わたしは、本音の一つも吐くことができないのだ。