可愛らしさの欠片もない
「あっ、ごめんなさい」
勢いよく歩いていたらぶつかった。よく見て出たつもりになっていた。
「あ、ごめん、おはよう、咲来さん」
あ、今、一緒に居るところを見られたら一番まずい人だ。
「ごめんなさい、あとで、メールします」
「え?メール?あ、うん!」
おはようって言われたのだから、おはようって言えばいい。なのにいきなりメールしますなんて、そりゃあ、謎ですよね。
取り敢えず近くに居ないほうがいい。そう思って言った。
「待ってるよ」
そんな言葉が返ってくるとは思わなかった。…大丈夫かな。なんか余計な期待のようなものを持たせてしまったかもしれない。…親しくなければ、こんな言葉は出ない。親しくなければご飯にも行ってない。
大島さんはさっき私が言われたことを知らないから仕方ない。
「…ほら、やっぱりじゃない…朝から仲良しね」
そんな言葉を呟きながら後ろから来ていたとは知らなかった。
いつもと違って黙々と着替えを済ませたってことだ。
元々デスクは離れている。それだけでも救われた。ただ、誰かと話しているところを見掛ける度、自分のことをあることないこと話されてるんじゃないかと、疑心暗鬼になった。
ブー。あっ、大島さんだ。どうしたんだろ、大島さんも何か言われたのだろうか。
【後でするって言われたけど、気になっちゃって、勇み足?】
あ、ああ、そうよね。あんなタイミングで慌てて言って走ったから。でも…なんて呑気なメールなんだろう。それは言っても知らないんだから仕方ない。
でも、今は詳しくなんてできない。決して楽しい話ではないのだから。
【仕事が終わってからします】
もう、今これ以上やりとりはしたくない。……勿体ぶった話、ではない。誤解しないでね。
【待ってます】
別に待たせてるとか、そんなことではないけど。…あ。こっちを見てた気がした。
なんかこそこそしてるって思ってるだろう。してないわよ、って強く言いたい。してるけど、これは違うから。
先輩は今日休んでる。休んだことは今までなかったのに。生理痛が酷いのかもしれない。今日に限ってだよ…心の支えがないようで余計、不安になった。何もかも頼るつもりはないけど、先輩が休んでなければ、きっと、私も一緒に居たわよって言ってくれたような気がする。それで解決。あ、そうなんだ、で、つまらない顔をして終わっていた気がする。