可愛らしさの欠片もない

「風呂は済んでるのか?」

「え、あ、私、はい、もうとっくに」

「そうか」

「甲斐さん、まだ仕事に戻るとか?もう帰るだけ?」

「仕事は済ませてきた。…あとは帰るだけ」

「はい。あの、甲斐さん、別居してるんですよね」

「ん?疑う?」

「あ、そうじゃなくて、私、知らないなと思って、部屋。いつも甲斐さん、うちだから」

「ああ、そうだったな。俺の部屋は落ち着かなくて。優李の部屋は生活感があっていいんだ、リラックス出来る」

そうなんだ。生活感ね、…確かに。

「俺の部屋は何もなくて……あるのは溜まりに溜まった書類、封筒、…放りっぱなしだ。紙の山だ。そんな殺伐とした部屋に優李は連れて行きたくない」

そうだったんだ。書類って離婚に関する書類ってことだ。そうよね。

「そういうところで…甘い気持ちにもなれないだろ、…そんな物を目にして。……現実だ、現実が目の前にある」

んー。

「お腹、空いてないですか?」

作ってあるからって無理強いはしない。だって、大した物ではない、失敗のないおむすびだもん。

「ん…、空いてない訳じゃない。小腹は空いてる」

じゃあって、食べたいものでなかったら食べないよね。夜だし。小腹が空いてるなら、珈琲はあまりよくなかった。

「何を考えてる?」

「あ、ごめんなさい、この癖、止めますね。珈琲より、なにか…あっ、ちょっと待ってくださいね」

フリーズドライだけど…カップに出してお湯を注いだ。具だくさんのスープだ。溶けてきた。底から膨らんで上がって…カップ一杯になった。

「なに?」

あ、キッチンに来ていた。

「これ、どうですか?そんなに胃に残らないで済むと思います」

柔らかいから。

「あ…有り難う、…お腹が鳴る」

「え?」

「ん?スープの匂いを嗅いだら途端に腹が空いてきた。頂くよ」

スープを飲み、おむすびを手に取った。あ。

「これも、頂くよ、いいんだろ?」

「…はい」

嬉しい。

「…ん?…ちょっとしょっぱいな…」

「え、あ、塩、付け過ぎましたね、ごめんなさい」

正直だな。嘘で美味しいとは言わない。でもその方がいい。じゃないとまたしょっぱいのを作ってしまう。…玉子焼きはどうだろう。…まさか塩たっぷりなんてことは…。

「いや、大丈夫だ、ちょっとだ。次は気を付けたらいい」

「はい」

次も作っておいたら食べるんだ。でも、次は違う物にしよう。

「あの…」

「うん?」

どうするんだろう、……今夜。
…居てほしい。だったら、帰らないで、と言うべきだ。
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