可愛らしさの欠片もない

「の、能面?」

顔を押さえている。無表情でどこか怖いってこと、伝えたかったのだけど、ピンと来ないのかもしれない。

「はい、能の面、です。白い。
女性の綺麗さも年齢それぞれでしょうが、今のあなたの年齢、とても美しい年齢だと思います。私とは違って、お手入れも抜かりなくされてることと思います。…体も、とても魅力的に熟れていると思います。そんないい時期を、後ろ向きな毎日で失うのですか?帰り…ここを出て、前向きな気持ちで颯爽と歩いていたら、きっと沢山の人が振り返ると思いますよ」

…。

「勿体ないです、失った時間は戻りません、時間とはそういうものですから」

…響いたかな。

「帰るわ、お邪魔しました」

バッグを掴むと行動は早かった。玄関に向かった。特に送りはしない。…お客様ではないから。コツ、コツコツ…。慌てて履いている。
絶対私が履かないピンヒール。

カツン、カツンと、間を取るように階段を下りる音、よく響いた。

玄関に行った。鍵をかけた。……はぁ、まだドキドキしてる。…帰ってくれた…。
特に甲斐さんには報告しない。向こうから来たんだもの。きっとあの人が何かしら言うはずだから。はぁ、もう…疲れたよ…。何だか、オーラ?そんな強いものは感じた。決して好きなオーラではなかった。

冷蔵庫を覗いた。…出来てる。楽しみに食べようと作っておいた豆乳プリン。やっと食べられる。
黒蜜をかけて食べるのが美味しいんだから…。
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