可愛らしさの欠片もない
「あ、私、ちょっと、お手洗いに」
「妊娠すると近くなるっていいますよね」
「あ、そう、そうなのよね」
「ゆっくり、気をつけてくださいね」
「有り難う」
先輩の姿が見えなくなって話を始めた。
「…大島さん」
「なに?」
「…先輩のお腹の赤ちゃんのお父さん、誰だと思います?」
「えー、想像がつかないな。咲来さんも知らないの?」
「はい、まだそこは教えてくれなくて。妊娠のことは公にして、まあ、事実婚って言ってましたけど」
事実婚て…どうして、…出来ない理由があるのだろうか…。
「そうだよな。まあ、そこは特に詮索することでもないかな。会社も辞めちゃったし。咲来さんはそっちの方がショックなんじゃない?慕ってたようだから」
「…そうですね。どこかでいつも頼りにしてました。居てくれる安心感、そういうのがなくなってしまいますね」
「うん…しばらくは、寂しいかな?」
「…はい。あ、お父さん、変わりないですか?」
「ああ、うちの親父?有り難う、特に変わりないよ。元気だ」
「それは良かったです」
「…咲来さんだけだよ、親父のこと、気にかけてくれるのは」
「私は、大島さんから聞いてましたから、…理由」
「うん。だけど、みんなだって、親の介護のことでって、理由は広まったから知ってる訳だし」
「そう言われたらそうですね」
それで離婚になるなんてって、…自分ならそんなことはって言ってた人がいた。実際、自分の問題になったとき、同じことが言えるのだろうか。
「だけど、咲来さんだけなんだ。本当に優しいよね」
「駄目ですよ、言葉なんて信じちゃ。いい顔しようとしてるだけかもしれないでしょ?簡単に信じては駄目です」
「それでもだよ、嘘だっていい。言葉は強い。嬉しいよ。励みになる」
「…大島さん」
嘘は駄目です。
「……咲来さん。これってさ……言うべきことかどうか…いや…」
「はい、どうぞ?」
…話の内容が本来のところに戻った。
「久田さんの、お腹の赤ちゃんの父親って、……その…」
大島さんも勘づいてたんだ。
「はい、そうだと私も思います」
そう感じたから、…私は…。
「…あ…本当に?あ……本当?いや、待って……えぇ…参ったな…。ごめんでは済まされないな……。口に出すべきじゃなかった」
言うんじゃなかったって、後悔したんですね。
「大丈夫ですよ。…先輩がお手洗いから帰って来たら、お店、出ませんか?遅くなるといけないから、もう、帰りましょう」
「…ああ、うん、そうだね。…妊婦はウロウロしない方がいい」
「はい…足元も、暗いと危ないですから」