可愛らしさの欠片もない
あれがいい、これがいいと言ってると、仕事の手が止まってしまいそうだったから、大島さんがいつも行ってるお店でいいですよと言って更衣室に行った。
着替えを済ませて戻ると大島さんはもうちょっとだからと言った。返事をして取り敢えず椅子を引いて腰かけた。
いつもではないのかもしれないけど、男性社員の退社時刻は遅いものなんだろうかと思ってしまう。
こうして仕事を終わらせて、家に帰るのも遅くなって…。大島さんの家庭はどうだったのだろう。ご飯は待っていてくれて二人で食べていたのだろうか。子供はいないと言ってたから。子供に合わせて先に食べることはないけど。それでも、そこそこの時間に奥さんは先に食べていたのだろうか。そうしていいよと言われていたらそうするものだろうか。だとしたら、人は居てもいつも一人ご飯だったということになる。
することがない。ただ待つというのは…熱くもなくなったコーヒーをちびちびと飲んでいた。スマホをいじるのも何だか気を遣わせるような気がして、静かに…思いつくまま考えを巡らせ待っていた。
「ふぅ……終わった。お待たせしたね、行こうか」
「あ、はい、お疲れ様でした、大して待ってませんよ?」
立ち上がり椅子を入れ、大島さんのデスクに行った。男性社員は着替えがないからそのまま直ぐ出ると思った。
「もらいます」
「あ、うん、……あ、有り難う」
飲み干したカップを受け取った。軽かった。綺麗に無くなっていた。入れたコーヒー、例え美味しくない物だとしても、こうしてカップが空になっていると入れた者にとって嬉しいものだ。
「…急に、思いつきで誘ったみたいになったから、更に遅くさせてしまって却って悪かったね」
「いえ、全然です」
廊下を歩きながら給湯室の前を通るとき、重ねて持っていたカップをゴミ箱に捨てた。