可愛らしさの欠片もない
「……なんてね。心配ない。そんな…女性を送って犯罪などしない」
「…あ、そういう…」
急にそんな話……。無防備過ぎるってことだ。
「んん。さっきも言ったけど、君の話す男と、俺は、…随分居る場所が違うんだなと、ちょっと……考えただけなんだ。なんていうか……、こうして今も話してるけど、夫婦って長くなると人それぞれで…男だとか、女だとか意識しない場所に入り込んでしまって。それがもう何年もで。…俺は…何が話したいのか、さっぱり解らないだろう?」
解らないことはない。
「ごめんなさい。多分、羨ましかった、ということだと思います」
「そう、それだよ」
コップを持ち、麦茶を注いだ。
「持ちたくても持てない恋心とか、惹かれる様子とか、君があんまり素直に話すから…」
「そういう現象に、ですよね?」
先に念を押した。
「あ、うん。現実を生きてるなって、思ったんだ」
現実か…。ほぼ空想に繋げて喜んでるようなものだけど。
「それはちょっと違います。ほぼ妄想ですよ。見た人は確かに素敵で。でもそれ以上なにもないんです。だから勝手に恥ずかしい妄想をしてるんです」
「どんな?」
どんなって…恥ずかしいって言ってるのに、掘り下げます?まあ、いいか…。想像されてるようなこととは違うから。
「…電車に乗っていたら、車体の揺れでちょっと接近するとか、そんな、身近にありそうで中々起こらないことを都合よく都合のいい人と。こう出くわしたい、ああしてほしい、こうしてほしいと、次から次に想像してしまうんです。いい大人が…話すのも恥ずかしい、虚しい内容の想像です」