可愛らしさの欠片もない
「上手く逃げてこられたようね」
あ。給湯室に来ていたとは。それが無難ということか。フロアに居たら何かしら忙しなくしてないと、急いでると言ったことが嘘になってしまうから。
「はい、何とか…急いでる風で。お湯の用意は嘘じゃないし」
誰がということでもないけど、一番若い私がなんとなくいつもするようになった。一番若いと言ってしまったけど、若いというより、一番下と言った方が正しい。長く勤めている人が多いので平均年齢は高い職場なのだ。
「悪い人じゃないんだろうけど…とにかく長いのよね一度捕まると。人の都合は無視しがちで。嫌じゃない?話すことといったら人の噂話ばっかりだから、一緒に居たってことで回り回って私が噂話の元だと思われるのもね…」
ちよっと愚痴ったり、相手を批判するときは、最初に、悪い人じゃないけど、と付けがちだ。
「あ、はい」
ないことではないですね。私もそれは嫌だ。
「ね?なんだかこっちも朝から嫌な気分にもなっちゃうしね。本当、どこから聞いてくるのか…さっきみたいな話。大島さんが離婚って。よその夫婦のこと、放っておけばいいことじゃない……はい」
話しながら手は動いている。ポットを洗ってくれた。お礼を言って受け取った。お水、入れなきゃ。
「交遊関係が広いんじゃないでしょうか…」
これも憶測といえば憶測。“彼女”のことは何も知らない。
「ん、まあ?よく飲みには行ってるようだけど。ほら、営業の人達が使ってるお店とか、顔出ししてるみたいよ?そこで聞き耳を立ててるんじゃないのかしら」
「へぇ…」
一人で行ってるのだろうか。飲みが目的というより情報を得るためにってことだ。私は誘われたことはないけど。ま、私は誘わないよね。親しくもないし、どちらかと言えば敬遠したいって気持ち、顔に出てるだろうし。
「いつも一人で行ってるようよ?よく解んないけど、何でもまず自分が先に知りたいってタイプなのかな…。じゃなきゃ自慢気に話さないよね」
そうか、一緒に聞いた人が居たらそこで話は盛り上がって膨らんじゃうから、改めて人に話すこともする気がなくなるかもよね…。それでもやっぱり話しそうだけど。
あ、これでは…、人が変わっただけでここでもまた噂話をしてることになる。毎回同じパターンになりがち…。そろそろ切り上げなきゃ。
「あ、ごめんごめん、今のはここだけの話よ?解らないから」
「はい、解ってます」
これでこの話の内容がどこかから出たら、私が言ったことになるのかもしれない。…本当、どこまでが確かなことなのか。人が変わって尚探り合いだ。
かもしれない、とか、らしいよは、話し方の問題で、本当のことを言ってる場合もあるのだろうか。言ったことに責任を取らなくていいように曖昧にしてるのだろうか。
どっちにしても不確かな噂話はしないに越したことはない。