可愛らしさの欠片もない
その声に顔を上げた。あ。両手で口を覆った。
挨拶を交わし少し歳上の紳士はその場を離れて行ったところだ。見送ってる人…目の前に居たのは…。あ……こんな近くに……。
「頭痛?」
こっちに顔が向いた。そのままで首を振った。近づいて来た。…動悸が…する。何か、出そうなくらい…おかしくなった。
「では、…吐き気は?」
違う。首を振り続けた。頭痛、吐き気のある人間はこんなに激しく首は振りません。ああ、口に手を当ててるから。………どうしよう!早くなんでもないって言わなきゃと思ってる。だけど突然のことで思うように声が出ない。目の前のことが信じられない。怖いくらい凝視したままだ。……もしかして、二日酔いだとか思われてるのかな。それはないけど…そう思われるように見えてるならそれは考えもの…。
「妊娠されてるとか、そういったことは?」
………妊、娠?とんでもない!その誤解は困る。
「ち、違います!!断じて違います!」
あ、やっと声が出た。聞かれたことが強く否定したいことだったからだ。
「ぁ…あの、いや……違うんです、私…違います」
パニックだ。何からどう話し始めたらいいのか纏まらない。真っ白だ。…そうだ、告白のリハーサル、忘れてた。いきなり…こんなことになるなんて、聞いてないよ…。
「はい?大丈夫ですか?」
あ。こんな私を前にとても落ち着いている。どうしました?って感じは変わらない。私の言葉を待ってくれているんだ。
「私…」
「はい」
私、私って、私はもう散々言ってる、もういい。…え?!横に腰を下ろした。…あ゙。ちょっと、それは……いきなり心臓が更に…息を吹き返したみたいにばくばくと高鳴った。こんな高鳴りはいつぶり?大袈裟だけど、このままでは死んでしまいかねない。
失礼、と言っておでこに手を当てられた。
「ヒャッ」
変な声が出た。もしかして、熱でボーッとして何も言えなくなってると判断されたのかも知れない。パニックは起きてます。起きてますとも。それは間違いないです。でも、これは心配のないパニックです。