可愛らしさの欠片もない
「…大丈夫です、ね、熱はありません」

違う熱は今、上がってます。そんなこと、考えてる暇はない。大丈夫だと判断されたら、では、と立ち去って行くかもしれない。
与えられたチャンスは限られているのよ。

「そのようだね」

あ。では、と言われる前に、何か言わなきゃ。せめて引き留めるだけでも。

「あ、あの!私…」

「はい」

「…どこも…どこも」

って、…電話会社じゃないんだから。

「はい」

「どこも具合が悪い訳ではなくて」

「はい。それなら良かった」

…ゴク。

「はい。あ、良くなくて」

「え?」

「あ、いいんです。それは、いいんです。……あの、……あなたを探していました。あ、変な人間ではありません。あの、あなたにとっては変な人かも知れませんが、私の、私の話を聞いてください。お願いします」

…お願いします。

「…え?」

「え゙?」

聞こえ難かったのかな。…はぁ、…息がもたない。あー、自分で変な人ではない、なんて言ったら、もうそれは変な人だ。探してたって、それももう、意味の解らない気持ち悪さ。既に挙動不審ぽいと認識されてるだろうから。そんな人間の話なんて…。

「はい、どうぞ?」

え?あ、この人は……この、余裕の眼差しは、きっとこういうことに慣れている人だ。でも、それなら、ちょっとこういうことは困りますって、直ぐ立ち去るのでは…。聞きましょうという姿勢を見せてくれている。これは有り難いことだ。…いよいよだ。ここで上手く伝えられなくては、さようならだ。

「どうぞ?」

あ。黙ったまま、考えてる場合じゃなかった。

「ぁ…有り難うございます。……ふぅ。……私、いつもこの電車を利用して、ここで乗降車しています。朝はいつも決まった時間に決まった車両に乗っています」

この説明、要るかな。まどろっこしいとか、苛つかせないかな。でも、…いきなりは、無理。

「はい」

胸に手を当てた。ふぅ。ここまでは、いい。感情がともなわないから。
やはり、聞いていますよ、という姿勢に変わりはないようだ。続けてと、促すような態度だ。その余裕に安心感がある。ふぅ。いよいよよ。

「それで、……見かけたんです」

ここからだ。肝心なこと。

「はい」

……ふぅ。
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