可愛らしさの欠片もない
「おはようございます。すみません、まだ…今から準備するので。でも少しなら直ぐ沸かせますよ?」
こっちで、とIHヒーターを指した。返事は待っていない。少しの水を入れ、もうやかんをかけていた。
「じゃあ、いいかな、ごめん。朝ご飯面倒だったから」
「はい」
やっぱりだ。親しくなったら今までとは違う。カップを出した。
「珈琲ですか?それともお茶?」
私がしますからって意味だ。
「麦茶」
「え?」
…あー、こういうの、何か含んでいるのだろうか。
「嘘、有り難う、珈琲にするよ」
「はい、では珈琲で」
「……いや、あれからね、うちでも麦茶、飲んでるんだ。親の家だと夏は定番なんだけどね。今は親の家にも行くようになったから、よく飲むんだ」
少量の水は直ぐ沸いた。注いだ。
「そうですか。あ、はい、できました。…どうぞ」
「有り難う。………あのさ」
「はい、あ、私、まだフロアに行ってなくて。一度、フロアに行かないと」
急いでいるふりをした。実際ふりでもない。本当に焦っているんだ。
「あ、ああ、そうだね」
「では」
「うん、あ、ごめんね、急いでたところ、有り難う」
ボットをセットして足早に離れた。多分、またご飯に行かないかって、誘うつもりだったのではと、そんな気がした。
あのときはあのとき。ご飯はご飯。それ以上は何もない。親しくなるのは悪いことではないけど、線は引いておかないと。……自意識過剰かもしれない、そんなんじゃないからって。
それに私は大島さんに甲斐さんのことも話している。
……離婚したての人が…そんな気は無しのことだろうけど、あまり二人で頻繁にというのも今は止めておいた方がいい。何かある訳じゃないから気にする必要もないといえばないのだけど。火のないところに煙は立たないというし。それこそ、“彼女”の恰好の餌食になってしまう。
大島さんは今ちょっと寂しくなってるだけだと思う。それと、解放感かな…。