可愛らしさの欠片もない

「咲来さん」

…大島さん。

「いや、朝、あれっきりになったから」

近くのテーブルの人達が少しざわついた。同じビルにあるカフェレストランだ。ランチメニューがお得で社員の殆どが便利に利用している。言ってみれば社食のような場になっていた。そんなところでだ。
まさか、お昼を食べているところで話し掛けられるとは思ってもみなかった。勿論、今までこんなことは一度もなかった。しかも、私は一人で居た訳じゃない。同じテーブルに、隣の席の頼れる先輩と一緒に居るんだ。よりによってそんな侮れない先輩と居るところにだ。

「ねえ、何?あれっきり?…朝って?」

早速聞き返したのは先輩だった。

「あ、違う違う、給湯室で、珈琲を入れたので」

慌てた。馴れ馴れしくなってしまった。

「あぁ、なんだ、なんだか凄く意味深に聞こえちゃった。……朝帰りでもしたのかって…」

「そ、そんな、滅相もない」

大島さんは慌てて顔の前で手を振った。

「解ってます。でも、今の大島さんの言い方、問題ありですよ?…みんな勝手に都合よく誤解しますから、気をつけてください」

最後の方、少し声を張ったように思った。多分、気遣いだ。こうしておけばさっきの話、誤解されずに済む。本当に頭の回転が早くて…機転が利くって武器だと思う。一つの資格にも匹敵するんじゃないかと思う。

「あ、そんなつもりは…ごめん」

「いえ、大丈夫ですから」

「駄目ですよ、大島さん、咲来さんは心ここにあらずになるくらい惹かれてる人が居るんだから」

ささやくように言い放った。
あ、それは…、ここに居る顔ぶれは知ってることです。…敢えて言わなくても。
大島さん…うっかり、知ってますよ、なんて言わないでくださいよね。

「俺は別にそんなつもりは…」

でも、そんな人が居なくても、居るように言ってくれたと取ることもできるんだ。牽制のために。大島さんが知っているということは先輩は知るはずもないんだから。

「食後の珈琲、一緒にしたいならどうぞ?ね、そのくらいなら問題ないよね?」

あ、なんて言ったらいいのか。別に構わない。変に特別みたいにする必要は全然ない。

「私、取って来ます。何にします?」

食後の飲み物はサービスだ。

「有り難う、私はアイスティーにする」

「解りました」

二人にして大丈夫かな。何を話すか気になるけど。
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