可愛らしさの欠片もない
「はぁ、追いついた。駅まで送って来たよ。はぁ」
大島さん…。
帰る方向が同じだから、不思議ではないけど、電車に乗らず歩くことを選んだ私をよく見つけたものだ。大島さんも乗らなかったんだ。
「電車、乗らなかったの?」
大島さんこそ。
「一駅歩いて帰ろうかなって」
「ああ、運動?アルコール飲んでる訳じゃないから、いいね」
大島さんは飲んでますね。
「じ…」
「じゃあ、一緒に」
え。
じゃあ、おやすみなさいって言おうとしたのに。
「俺も、食後の運動?ハハハ」
別行動が難しくなってる。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫。だと思うよ。きつい運動をする訳じゃないから、歩くって普通のことでしょ」
「そうですね」
はぁ、一緒に歩くことになっちゃった。…んー。電車で一緒にならないように避けたつもりだったのに。もうそんなに話すこともないしな…。
一人で静かに帰りたい。そう思っていたんだけど。そう、もう一人モードに入ってしまった。もう喋りたくない。私、ほぼ無口になりますよ。
「俺さ、離婚したばっかりなんだけど……」
「…はい」
返事くらいしかしませんよ?
「…いや、ちょっとね…それが……」
「はい」
言いにくそうな話のようだけど、だったら、無理して話さなくていいと思う。
「どうかなって、自分でも思うことがあってさ……」
歯切れが悪くなるのは解る。自分でも言ってるけど、離婚して間もないって。それを気にする話、そういう方面の話だ。
だから、それは気になる人が出来たってことなんだろうけど。別にこっちから、何ですか?なんて興味津々に突っ込むことでもない。話したいと思ってるなら話すことだ。
「はい」
「いや、そうだな、まだ早いな…。狡いかもしれないけど、もう少し待ってみた方が今より複雑にならなくて良さそうだし、あ、ごめん、勝手に話して」
「大丈夫です」
間違いなさそうだ。
「少しくらい、存在を意識してくれてると…違うかもしれないって…」
そうかもしれない。雰囲気だけでは勘違いしてしまうこともあるから。ちょっとくらいは素振りとか解るものがあると全然違うんだけど。
そう思うと、私はなんて無謀なことをしたんだろう。本当、いきなりの気持ちの押し付けだ。
私のことなんて全く知らなかったのに。敬遠されても仕方なかったくらいの強引さだ。
「じっくり、時間をかけたっていいんじゃないですか?」
待てない人には無理だろうけど。大島さんくらいの年齢だとその方が信頼も増すような気がする。そういうつもりで言った。
相手は誰かを急に好きになることはない人だと思うから、その部分では心配ないと思う。でも、その一途な部分をどう自分に向けさせるか、それは至難のわざかもしれない。他の人は眼中に入れないかもしれない。
「私、電車、乗ります」
いつも乗らない駅が近づいてきた。大島さんはどうするだろうか。
「あ、駅だね。俺は歩くよ」
「そうですか、ではおやすみなさい」
これ以上言葉の間に割り込まれないように急いでおやすみなさいと継いだ。
「うん、お疲れ」
ほっとした。