旦那様は懐妊初夜をご所望です~ワケあり夫婦なので子作りするとは聞いていません~
どくんどくんと鼓動が早まる。背中から冷たい汗が噴き出した。
やはりこの人は、私を知っているんだ。記憶をなくす前の私を。
「しらばっくれるなよ。記憶喪失のフリでもしろと、副社長に言われたのか?」
怒りを宿した男の目に、体が震える。怖くて、でも目が離せない。
「俺というのもがありながら、お前は──」
殴りかかってきそうな、高圧的な口調。掠れた声から逃れたくて腕を引いたが、びくともしない。
どうしよう、どうしよう。なんて言えばいいの。
「あなたは、誰……?」
喉が絞めされているように息苦しい。男の顔が歪み、何かで殴られたような痛みを側頭部に感じた。
膝が崩れ落ちそうになった瞬間、パーテーションの陰から誰かが飛び出した。
「きっ、君は何をしているんだ!」
メガネ先輩だ。隣にいた彼がただごとではない様子を察知し、来てくれたのだ。
「誰か、警備員を呼んでくれ! 不審者だーっ」