旦那様は懐妊初夜をご所望です~ワケあり夫婦なので子作りするとは聞いていません~

 ドアを開けたメガネ先輩は、震える声で庶務課の窓口に向かい、叫んだ。

「ちっ」

 舌打ちをした男は、私の腕を乱暴に放す。

「また会いに来る」

 来なくていい。来ないで。

 私は記憶を失ったまま、景虎と幸せになるの。もう幸せに暮らしているの。誰か知らないけど、今さらかき乱さないで。

 思いは言葉にならなかった。私はへなへなと冷たい床に座り込んだ。

 部屋を出ていく男の腕を、メガネ先輩が掴む。しかし強い力で振り払われ、先輩はしりもちをついた。

 部屋の外がざわめき、警備員の怒号が響く。私は体をカタカタと震わせ、その場にいることしかできなかった。

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