旦那様は懐妊初夜をご所望です~ワケあり夫婦なので子作りするとは聞いていません~

 影だと思ったのは綾人だった。まだ動けないと思っていた綾人が予想外に身軽な動作で立ち上がり、拳を振り上げている。

 声を上げる暇もなかった。気づけば私は、景虎の前に身を投げ出していた。

 頬に衝撃を感じ、脳がくらりと揺れる。二本の足は地上から離れ、私は宙に投げ出された。

「萌奈!」

 低い声と同時、後頭部に鈍痛が走る。ゴッ、と短い音がした。

 ふわんと意識が宙に浮く。私は一瞬で真っ暗な世界に迷い込んだ。
 
 これは夢? 私はまるで映画を見ているみたいに、黒い背景にぽっかり浮かんだスクリーンをぼんやり眺めている。

 スクリーンに映し出されるのは、少女の頃の記憶だった。それは早送りで大学生まで続き、やがて大人になる。

 大人になった私は、周囲のすすめでお見合いすることになった。綺麗な振袖を着て、両親とお見合い会場に赴いた。

 そこには、小奇麗な格好をした綾人が座っていた。最初は素敵なひとだと思った。政略結婚でも、彼とならやっていける。

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