旦那様は懐妊初夜をご所望です~ワケあり夫婦なので子作りするとは聞いていません~
副社長の声だ。どくんと心臓が跳ね上がった。
『えっと……タクシーの中ですが、なにか』
涙声で返事をして、頬を濡らす涙を拭いた。電話越しに私が泣いているのを悟られはしないだろうけど、できるだけ平静を装いたかった。
『今から会えないか』
『えっ……』
『あんな泣きそうな顔をされたら、嫌でも気になるだろう。なにか俺に言いたかったんじゃないのか』
彼の言葉に、我慢していたものがガラガラと崩れていく音がした。景虎は私のへたくそな演技に違和感を持ち、わざわざ電話をしてくれた。
それだけでじゅうぶんだと思う自分と、今すぐ彼の元に飛んでいきたい自分がせめぎ合った。
私はやっぱり、結婚なんてしたくない。
『副社長、あの──』
そこで言葉は途切れた。背中を思い切り突き飛ばされたような衝撃に、声が出なくなったのだ。
天地がひっくり返ったのかと思った。傍らに置いてあったバッグは運転席と助手席の間をまるで弾丸のように飛んでいき、背中になにか細かく鋭いものがパラパラと降り注いだ。
と同時に、頭に痛みが走り、すぐに気が遠くなった。