旦那様は懐妊初夜をご所望です~ワケあり夫婦なので子作りするとは聞いていません~
病院の外に出ると、そこは中とは別世界のように暑かった。すぐに噴き出た汗で素肌がベタベタしてきそう。
「じゃあ、よろしくお願いいたします」
母が深々と頭を下げる。
「ちょ、ちょっと待ってください。鳴宮さん、私やっぱり、しばらく実家に帰らせていただこうかと」
母に言ったのと同じセリフを繰り返すと、鳴宮さんは眉を顰めた。
「鳴宮さんと俺を呼ぶけど、君だって鳴宮さんだぞ」
「あ……すみません」
だって、主治医にも旧姓で呼ばれていたんだもの。私を混乱させないためだったんだろうけど。
いきなり「鳴宮さん」と呼ばれても、すんなり返事ができる気がしない。
「とりあえず行こう。二人で過ごした部屋を見れば、何か思い出すかもしれない」
「そうね、そうね。実家にはいつだって帰られるんだし」
なんの根拠もない鳴宮さんの言葉に、母は深く同調した。
「それは百パーセントないとは言えないけど」
脳が死んだわけじゃなくて、記憶の回路に少しトラブルが生じただけだとしたら、なにかの拍子で全てを思い出すということもあるかも。