旦那様は懐妊初夜をご所望です~ワケあり夫婦なので子作りするとは聞いていません~
婚約者がいるのに、別の人と深い関係になったことを、一度は悔いた。しかしその必要は全くなかった。
こんな男のせいで、私は景虎への恋を諦めようとしていた。記憶を失くす前から悩まされてきた。なんてバカらしい。
店員さんが厨房からこちらを見ている。けど、ちょっとニヤニヤしていた。修羅場を前にして、ドラマを見ているような気分になっているのだろうか。
だって彼は、ひとかけらだって私のことを想っていなかったんだもの。
「殺されたら困るので、あなたとはすっぱり綺麗にお別れします」
「な、なんだと。一方的な婚約破棄だ。慰謝料を請求してやるぞ。このコーヒーで染まった服の分もだ。器物破損罪だ」
綾人は立ち上がり、私を威圧的に見下ろした。
「昨日私に怪我をさせたことを忘れたんですか? 被害届を出してもいいんですよ」
「ぐっ……」
あのとき、ホテルの従業員がはっきりと事件を目撃していた。それに景虎の車には、ドライブレコーダーがついている。私が頭を打った瞬間に車は衝撃を受け、その後の映像を記録してあることだろう。