旦那様は懐妊初夜をご所望です~ワケあり夫婦なので子作りするとは聞いていません~
「佐原ちゃん、あれはないわー」
原田さんが呆れたように言った。
そうだ。佐原さんはお父さんがいなくて、アルバイトしながら猛勉強して、奨学金で大学を出て就職し、実家でお母さんと家事を分担しながら生活している……という、コネを一切使わず生きてきた努力の人だった。
「思い出しました。私、佐原さんに嫌われているんだった」
強烈な言葉のおかげで、頭の靄が一部だけ晴れたようだ。
私は世間知らずで、気が利かなくて。よく一年先輩の佐原さんに「使えないコネ入社」って怒鳴られた。
それはその通りだったし、結局仕事はきっちり教えてくれたので、悪い人ではないと思う。
社長の嫁にあれだけのことを言えるんだ。正直で、強い。メンタルが鋼でできているみたい。
苦労人の彼女から見た私は、恵まれた環境でぬくぬく育ったいけすかない女なのだ。
「思いださなくてもいいことを思い出しちゃったのね。萌奈ちゃんの記憶、ちょっと飛んじゃってるだけなのかな」
原田さんは眉を下げて笑った。
一時的に飛んじゃっているだけで、すぐに戻ってくる軽い記憶喪失。そう考えると楽だ。
「佐原ちゃんの嫌味はただの嫉妬よ。気にしない」