きみと秘密を作る夜
「『離婚してコブ付きで出戻ってきた』って、近所のババア共が噂してたぞ」

「あぁ、うん。そうだよ。お母さんはね。でも、私は違う。私は『出戻ってきた』わけじゃない。私にとっては、ここは知らない場所だもん」


どうしてこんなやつに、素直に胸の内を言ってしまったのかはわからないけれど。

恥も何もないと、楽なものだなと思う。



「けどさ、もう二度と泣かないって決めたの。泣いたって状況は変わんないし。それに私は、悲劇のヒロインってガラじゃないしさ」

「だよな。性格悪そうな顔してるもんな。そんな悲劇のヒロインいねぇよな」

「はぁ?」


私の言葉に、嫌味を返した『ハルくん』。

でもそれが逆にありがたかった。


下手に同情されるよりは、よっぽどマシだと思うから。



そのまま無言で乗っているうちに、見慣れた景色に入っていた。

家の前で、自転車を降りる。



「ありがと。えーっと、『ハルくん』?」


約束通り、買いもの袋の中からアイスを取り出し、差し出した。



「『晴人』だよ。誰もそう呼ばねぇけどな」


『ハルくん』は――晴人は、そう言って私の手からアイスを引っ手繰り、再び自転車を漕ぎ出した。



去って行く背中を眺める。

よくわからないやつだが、そこまで悪いやつにも思えない。


結局、アイスは食べられなかったが、でも不思議とそんなことはどうだってよく思えた。

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