きみと秘密を作る夜
海岸線の遊歩道を、車椅子を押しながら進む。
風に潮のにおいが混じる。
波音が穏やかな夕暮れ時。
「それでさ、あさひは最初、タピオカをこんにゃくだと思っててね」
祖母と話しながら車椅子を押していた時、砂浜にいる男女の姿が目に入った。
女の方は見かけない顔だったが、男の方は晴人だった。
新しいカノジョだろうか。
わざわざこんな田舎の海辺でデートしなくてもいいのに。
「リナちゃん?」
祖母の呼びかけに、はっとした。
そうだ。
晴人がどこで誰と何をしてようが、今更、私が気にすることでもない。
「何だっけ。えっと、あさひの話だったよね」
言いながら、再び車椅子を押そうとした時だった。
突風が吹き、「あっ」と声が出たと同時に、祖母の帽子が舞い上がった。
私は慌ててそれを追い掛けようとしたが、しかし落ちた先は晴人の足元。
晴人は飛んできた帽子に気付き、そして私たちを見た。
どうしたものかと思っていたら、晴人は祖母の帽子を拾い上げ、砂を払ってこちらへと持ってきてくれる。
一体いつぶりに、晴人と真っ直ぐに目を合わせただろう。
晴人は無言で私にそれを差し出し、そして私も無言で受け取る。
「ありがとう」
代わりににっこりと笑ったのは、祖母だった。