きみと秘密を作る夜


海岸線の遊歩道を、車椅子を押しながら進む。


風に潮のにおいが混じる。

波音が穏やかな夕暮れ時。



「それでさ、あさひは最初、タピオカをこんにゃくだと思っててね」


祖母と話しながら車椅子を押していた時、砂浜にいる男女の姿が目に入った。



女の方は見かけない顔だったが、男の方は晴人だった。

新しいカノジョだろうか。


わざわざこんな田舎の海辺でデートしなくてもいいのに。



「リナちゃん?」


祖母の呼びかけに、はっとした。


そうだ。

晴人がどこで誰と何をしてようが、今更、私が気にすることでもない。



「何だっけ。えっと、あさひの話だったよね」


言いながら、再び車椅子を押そうとした時だった。

突風が吹き、「あっ」と声が出たと同時に、祖母の帽子が舞い上がった。


私は慌ててそれを追い掛けようとしたが、しかし落ちた先は晴人の足元。


晴人は飛んできた帽子に気付き、そして私たちを見た。

どうしたものかと思っていたら、晴人は祖母の帽子を拾い上げ、砂を払ってこちらへと持ってきてくれる。



一体いつぶりに、晴人と真っ直ぐに目を合わせただろう。

晴人は無言で私にそれを差し出し、そして私も無言で受け取る。



「ありがとう」


代わりににっこりと笑ったのは、祖母だった。
< 136 / 272 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop