嫁入り前夜、カタブツ御曹司は溺甘に豹変する
 数秒もの間、謎のスキンシップを取った仁くんの腕の力が弱まり、無事に解放してもらった。

 今度こそ本当に逃げるようにしてベッドから這い出る。

「顔洗ってくるね!」

 仁くんと顔を合わせられない。きっと真っ赤になっているはず。

 洗面所に駆け込んで歯磨きをして、それから冷たい水を顔面に勢いよくかけた。

 静まれ! 心臓!

 外から見ても心臓が暴れているのが分かるのではないかというくらい激しく脈打っている。

 冷えた顔にタオルをあて、目を瞑って呼吸を整えた。ふうーっともう一度深い息を吐いたところで仁くんが廊下から顔を覗かせる。

「あ、仁くんも使う?」

「ああ」と短く返事をして歯ブラシに歯磨き粉をのせる。横目を使って見ながら私は化粧水などで肌を整えた。

 こうして並んで朝の支度をするのは初めてだ。

 いつもは私が洗面所にいる間は入ってこないのに。これじゃあ化粧ができない。

 化粧をしている時って顔が変になるから見られたくないんだよね。まだ時間に余裕があるし、仁くんの支度が整ってからにしようかな。

 静かにその場から立ち退こうとする。すると頭の辺りに仁くんの手が伸びてきたので、咄嗟に避けるように後ずさりした。

 仁くんは一瞬驚いたような顔になる。

 しまった。今のは感じが悪かったよね。
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