嫁入り前夜、カタブツ御曹司は溺甘に豹変する
「阿久津さんにはちゃんと説明するけど、みんなには内緒にしてもらうからね?」

「いや、俺から説明するよ」

「仁くんから?」

 花帆は軽く上半身を起こして真ん丸の目を向けてきた。

 なにをそんなに驚いているのか。やっぱり阿久津くんと仕事仲間以上の関係があるのか?

「問題あるか?」

 強気で聞く。すると花帆は弱々しい声を出した。

「ないけど……」

 沈黙が走る。嫌な静けさだ。

 ただでさえ俺たちの間には壁があるのだから、他人が原因で関係をこじらせたくはない。

 しかたない。言うしかないか。

「正直なところ、ヤキモチを焼いた」

「ヤキモチ?」

 花帆は訝しげな瞳で俺をジッと見る。

「一緒に行きたいと思っていたから」

 観念して言ってしまえばなんてことはない。カッコつけたいという気持ちより、花帆とこれ以上すれ違いたくない気持ちが勝った。

「そうなの? 仁くんもホイップボンボン食べたかったんだ?」

 恥を忍んで本音を晒したのに見当違いな返事をされ、さすがに苦笑いがこぼれた。

「そうじゃなくて、花帆とふたりで行きたかったって意味。分かる?」

 一拍間を置いて、色白の肌が灯がともったように赤く染まった。

 なにか言おうと口を開いては閉じるのを繰り返して目を泳がせる。

 快感のようなものが背中を駆け抜けていくのを感じて、俺は花帆を困らせるのが好きなのかもしれないと思った。

 好きな子ほど意地悪をするというのはこういう心理か。
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