嫁入り前夜、カタブツ御曹司は溺甘に豹変する
「仁くん」

 消え入りそうな声で呼ばれた瞬間、一気に現実に引き戻された。すーっと胸が冷える。

 早送り再生のような動きで、服の中から手を退けて花帆から距離を取る。先ほどまでとはあまりの極端な行動に花帆は目を白黒させた。

 ガツガツしていると引かれただろうか。

 同意を得ていないのに胸を触ってしまった。

 花帆の反応が怖くて言葉をかけられずにいると、「仁くんは」と花帆から切り出してきた。

「私としたいの?」

 なんて直球な質問。「ああ」としか返せない。

「だったら遠慮しなくていいよ。私たち結婚するんだし」

 もしかして初めてじゃないのか? キスの経験はなかったのに?

 俺よりも肝が据わった発言に面食らいつつ、初めてが俺じゃないかもしれないという、嫉妬してもどうしようもない感情が胸を支配する。

 それならお言葉に甘えてめちゃくちゃにしてやろうか。

 激情が見え隠れする。

 結婚の意思があり、俺と身体を重ねることに異論はない。それは少なからず俺が好きなんじゃないのか。

 花帆の口からハッキリとした言葉を貰ってはいないが、それは俺にも言える。

 俺だって一度も好きと伝えていない。

 言わなくても分かるだろうなんて、そんなふうに言える関係ではない。なにもかも理解してもらえる存在になれるような努力を、俺はまだしていないから。
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