嫁入り前夜、カタブツ御曹司は溺甘に豹変する

 
 翌日は早めに出社した。俺と同じように、早朝から練習をかねて作業をする日が多い阿久津くんが、いるかもしれないと思ったからだ。

 予想通り、まだ人がまばらな工房で体格のいい背中を見つける。

「おはよう」

 ごく自然に挨拶をすると、いつも通りの元気な声が返ってきた。

「おはようございます!」

 俺以外の人間と話す時はここまで威勢がよくない。なんだろう。怖がられているのだろうか。

「少し話をさせてもらってもいいかな。作業しながらでいいから」

 阿久津くんは表情を引き締めて重々しく頷いた。

 あからさまに緊張されると話しづらいな。

 桜餅の餡を詰めている阿久津くんの手元を眺めながら、できる限り明るい調子で話をする。

「昨日は感じが悪い態度を取ってすまなかった。驚かないで聞いてほしいんだけど、ここだけの話、花帆とは婚約中で」

 すかさず阿久津くんは「え!?」と大声をあげる。

 機械が稼働しているのでそこまで目立った声ではなかったけれど、それでも何人かの従業員が何事かと振り向いた。

 それらの視線を目で制して、ひと息つく。
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