嫁入り前夜、カタブツ御曹司は溺甘に豹変する
「今まで気づいてあげられなくてごめんね。ずっと苦しんでいたのね」

 コーヒーカップの取っ手を握る母親の指にぎゅっと力が込められた。

「ずっと、というほどでもないけど。でも、朝霧の後継者になってほしいと言われた時はすごく悩んだ」

「そうなのか?」

 父親が目を見張った。

「そこはやっぱり杏太が継ぐべきだと思っていたから」

「どうしてだ?」

「俺は養子だし」

「朝霧の血筋なんだからそこは関係ないだろう」

「でも、やっぱり引け目はあったよ」

「そうだったの……」

 悲しい目をする母親から顔を背けた。こんな顔をさせたくなかったから、今までこの話題は避けてきたんだ。

「なあ、仁。だったら父さんはどうなるんだ? 朝霧の血筋でもない婿養子なんだぞ」

 母親の弥生と似ていて柔和な父親は、子供みたいに拗ねた表情を作った。

 朝霧家の男性陣のなかで父親が断トツで素直。父親を見ていたら、シリアスな場面なのになぜか心が和んだ。

「跡継ぎがいなかった朝霧菓匠を救ったから、父さんはヒーローだろう」

「ヒーロー……」

 言われてポカンとした後、じわじわとうれしそうな笑顔に変化する。そんな父親を横目で見た母親はおかしそうに笑った。

「もう、単純なんだから」

「だってヒーローだぞ! しかもいつもクールな仁に言ってもらえるなんて!」

 数分前の重たい雰囲気が嘘のように、すっかり上機嫌になった父親を中心にいつもの穏やかな空気が流れる。
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