嫁入り前夜、カタブツ御曹司は溺甘に豹変する
「仁は考えすぎよ。杏太は職人になる意思がないんだし、仁が継ぐ決意をしてくれて助かったのよ。それともうちを継ぐのも気を使って……?」

「それはない。俺は仕事が好きだから」

 ハッキリ言うと母親は安堵の息をついた。

「みんな仁を認めている。もっと自信を持っていいんだぞ。花帆ちゃんだって仁と結婚したい気持ちがあるんだし」

 それは俺が朝霧菓匠の後継者だからで、立場や年齢が違ったら俺ではなく杏太を選んでいたんじゃないのか。

 その考えが頭からこびりついて離れない。

「正直、花帆と結婚していいのかと悩んでいる部分はある」

 まあそこは包み隠さず打ち明けて、最終的に花帆が判断するんだけれど。

「だけど俺は」

 ゴトンッと、俺の声に被さって大きな物音が響いた。

 何事かと音のした方を振り向いた両親とは違い、脊髄反射のごとく立ち上がる。

 嫌な予感がした。

 リビングのドアに歩み寄って、素早い動作で開けた。目の前の人物に息を呑む。

「……花帆」

 気まずそうにペットボトルを抱いた花帆がいて、胸の辺りが急速に冷えていく。

「あ、ごめ……ペットボトル、お、落としちゃって」

 しどろもどろに説明をする花帆の目は泳いでいて俺を見ようとしない。

 どこまで聞かれた? いや、どこから聞いていた?

 頭がパニックに陥り声が出せない。
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