嫁入り前夜、カタブツ御曹司は溺甘に豹変する
「花帆ちゃん?」

 母親の声にビクッと肩を揺らした花帆は、脱兎の如く廊下を駆けていった。

「花帆!」

 呼び止める声は届いているはずなのに止まってくれない。

 慌てて後を追いかける。しかし途中で廊下に面した部屋のドアが開き、中から出て来た人物に体当たりするようにぶつかった。

 思わず舌打ちをする。

 杏太はかなり驚いた顔をしている。

「ごめん。トイレに……って、どうしたの?」

「花帆が逃げたから追いかけて……」

 通路の先に視線を戻したが、そこにはもう花帆の姿はなかった。

 くそっ。最悪じゃないか。

「なんでそんな面白いことやってるの?」

「どこも面白くないだろう」

 感情を抑えきれなくて刺々しい口調になる。

「仁って花帆が絡むと感情的になるよな」

 なにが言いたいんだ。こっちは急いでいるっていうのに。

 杏太ののんびりとした空気が癪に障る。

「仁ってさ、ぶっちゃけ花帆をどう思ってるの?」

「好きに決まっているだろう」

 こんな悠長に話している時間なんてない。

 その場で足をトントンと床に打ち鳴らせて、どうにか苛立ちを逃がそうとする。
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