嫁入り前夜、カタブツ御曹司は溺甘に豹変する
「これでいいか?」

 会話は必要最低限に。「うん」とだけ返す。

「すみません、このまま履いていきます」

 仁くんが店員さんに伝える。

 それからは、履いてきた靴が丁寧に包まれて高級ブランドのショップ袋に詰められるさまを黙って見つめていた。
 

「絶対に転ぶから」

 仁くんの腕に絡めた手を引っ込めようとしたらやんわりと叱られた。

「平気だよ。こんなに履き心地のいいパンプス初めてだし、すごく歩きやすい」

「そんなに嫌がらなくてもいいだろう」

「嫌じゃなくて恥ずかしいの」

「どこが」

「もうっ、全部だよ!」

 店を出てから何度も大丈夫だと言っているのに聞き入れてもらなかった。

 ふたりだけを乗せたエレベーターが上へ上へと昇っていく。

 フローリデホテルは有名なラグジュアリーホテルとして全国に名が知られている。最上階に位置するレストランでは、夜景を見ながらフレンチディナーが堪能できることで有名だ。

 そしてレストランだけでなく客室でもプライベートディナーを楽しめる。ただそれは限られた部屋のみ。

 仁くんにエスコートされながら通された一室は、誰がどう見ても一目で普通の部屋ではないと理解できるほど豪奢だった。
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