嫁入り前夜、カタブツ御曹司は溺甘に豹変する
仁くんはジャケットを脱いで手近なソファに投げた。
ハンガーにかけないと皺になっちゃう。
でも足が地面に張りついて動かない。中がどうなっているのか怖くてこれ以上前に進めないのだ。
「そんなところで突っ立ってないで、こっちにおいで」
優しい声に誘われて、恐る恐る奥へと歩みを進める。
この部屋どうなっているの。
「一部屋じゃない……?」
「スイートだからな。2LDKか」
「ふたりなのに!?」
「スイートだとこの部屋しか空いていなかったんだ」
「スイートじゃないとダメなの!?」
大袈裟すぎるくらい狼狽える。仁くんは困ったような笑みを浮かべて、「まあ……」と口を濁した。
仁くんにとってはこれが普通?
だとしたらかなりカルチャーショックだけど、ここでこれ以上騒ぎ立てれば仁くんの思考を否定するようなもの。
せっかく連れて来てもらったのだし、もっと喜ばないと失礼だよね。
「びっくりしたけど、素敵だね、この部屋」
そう言うと、仁くんは安堵して微笑む。
スイートルームなんて初めてだし、部屋の中がどうなっているのかくまなく探検したいところだけれど。さすがに品がない気がしたので、湧き上がる好奇心をぐっと堪えて窓外に広がる街並みに興味を移した。