嫁入り前夜、カタブツ御曹司は溺甘に豹変する
「じゃあそろそろ行くわ。仕事抜けてきたんだよね」

「真面目に仕事しろよ」

「仁の大事な子、見ておきたかったから」

「満足か?」

 仁くんの問いかけに返事はせず、くるっと私に向き直り、ジャケットの内ポケットから名刺を一枚取って差し出した。

「花帆ちゃん、気が変わったら連絡して」

 これはどうすれば。

 硬直する私の目の前にある名刺を仁くんが横から素早く奪う。

「油断も隙もないな」

 眉間にぐっと皺を寄せて長谷川さんに名刺を突き返した。

「ただのジョークなのに」

「趣味の悪いジョークだな」

 間髪を容れず返す仁くんが物珍しくて、私もいいもの見させてもらったなと内心ほくそ笑む。

 長谷川さんは最後まで軽口を叩いて颯爽と去っていった。

 台風みたいな人だったなぁ。
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