嫁入り前夜、カタブツ御曹司は溺甘に豹変する
仁くんは掠れた声で囁く。
「自分でも知らなかったけど、俺はかなり独占欲が強いらしい」
私のものか仁くんのものか区別がつかない唾液で口元が濡れている。それを親指の腹でぐいっと拭う仕草が艶めかしく目がくらむ。
「ちゃんと聞いているか?」
目を瞑っていたら、顎先を掴まれて上を向かされる形になった。高いヒールを履いているから顔の距離がいつもより近い。
「独占欲が、強いって話だよね」
「そうだ」
長谷川さんがカッコいいって言っちゃったからだよね。
「それはそれでうれしい……」
私の発言が意外だったのか、仁くんは僅かに目を見張る。
もちろん、わざと嫉妬心を煽るような真似はしないけれど、いつも落ち着いている仁くんの情欲的な姿はとても魅力的だ。
「はあ……」
仁くんは急に脱力して私の肩にトンッと頭を乗せた。どうしたのだろうと首を傾げる。
「あまり俺を振り回さないでくれ。これ以上カッコ悪いところを花帆に見せたくない」
「どこがカッコ悪いの?」
「……こんな予定じゃなかったんだけど」
力のない笑みを浮かべて私からすっと離れた。その足で壁にかけられたジャケットに歩み寄り、ポケットから手のひらサイズの箱を取り出す。
一連の流れを黙って見守っている私の前に再びやって来て、手の中にある箱をパカッと開けた。
「俺と結婚してほしい」
ネイビーの箱の中心で輝く指輪に、一瞬呼吸をするのを忘れた。