嫁入り前夜、カタブツ御曹司は溺甘に豹変する

 私から離れていこうとする腕を掴んだ。

「待って」

 不思議そうに「ん?」と首を傾けた姿にすら胸がきゅんとする。

「その……やっぱり……」

「やっぱり?」

「嫌じゃなくて……」

「花帆は焦らすのがうまいな」

「そういうつもりはなくてですね」

 キャパオーバーでなぜか敬語になる。

「じゃあどういうつもり?」

 答えに窮してなにも言えなくなると、仁くんはふっと笑った。

「怖がらせないように努力する」

 こくん、と頷く。

「花帆が魅力的だから、もしかしたら自我を忘れてしまうかもしれないけど」

「ま、待って!」

 仁くんはまだなにかあるのか、という目をしている。

「お風呂に入るの、忘れてる」

「家を出る前にシャワーを浴びただろう」

「あれから汗をかいているし」

「そこまで言うならかまわないけど。一緒に入る?」

「入らないよ!」

 そこではたと思い出す。この部屋のお風呂ってガラス張りだったよね。どうしよう。

 ものすごい速さでいろいろなパターンを頭のなかでシミュレーションする。でも、どれもうまくいかない。結局羞恥心を煽るだけのような気がする。
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